電動アシスト歴史
こんにちは。代表理事の中根です
この度、ある処から中古車のお話をいただきました。
ニッケル水素という少し古いタイプではありますがリチウムへの変換が可能なタイプなのです。
私が電動アシストに携わらせていただいたのは1994年。
ヤマハが電動アシストを発表した翌年です。共に歩ませていただいて四半世紀になるんですね。
1993 年に26型でデビューしたタイプAに24型をラインナップしてタイプBが発売された年でした。
当時はいわゆる鉛バッテリーで取り外せないバッテリーでメッチャ重かったのです。まだ試乗は電動自転車って未知な乗り物でしたのでどうやって売っていたかというと取引先量販店の店頭をお借りして試乗会を開催して売れたらそのお店に売り上げを通すというものでした。
電気で走る自転車って事で試乗する前によく言われた事が
○感電しないか?
○スクーターの方が安い
○俺(私)はそんな年寄りじゃない
○10万切ったら売れるだろう
そう言って乗るのを拒まれる方が非常に多かったんです。
電動アシスト自転車っていう位置づけが無かったので仕方がないですよね。
感電系の話題に振ってくる人には『電車に乗って感電した人いますか?』って答えてました。(笑)
恥ずかしがって乗ってくれない人が多い中で20人位に声掛けすると1〜2人試乗してくれます。
だれか乗っていただいているとそれを見たりしている人を誘って並ばせることで試乗率を高くする工夫が出来ていきました。
100人位が試乗してくださると1台売れるという感じでした。
炎天下の中、毎週土日に毎日一台づつ注文をいただく事ができていましたが平日は声がガラガラでした。
毎年8月になると思い出しますね。
この時、売ろうとしていたんじゃなくて電動アシストを教えてあげようというノリでしたので思う様に売れなくても続けられたんだと思います。
その翌年にはニカドバッテリーのタイプCが出てバッテリーがお部屋で充電できるんですよ〜‼️‼️って言えたのも良い思い出です。
あれから四半世紀経過して電動アシスト自転車というカテゴリーが出来て価格帯も使用用途に応じて様々。お年寄りの乗り物という偏見も打破できて最近では弊協会の前を通う高校生で電動アシストでスイスイ登っていく男女を結構見かけます。
試乗会で学んだことは将来を見据えてひたすら声掛けをしていく事。
どんなことでも2000人に声かけしたら何某かの結果が一つ出るという事。それをやり続けることで市場が出来るという事。
今回、弊協会で技術者育成をしていく旗揚げをしました。
目先の利益でなく先々の業界の事その時に携わらせていただいている自分の立ち位置など見て多くの方々にお声がけしていきます。
幸い、ブログやSNSなどのツールがありますので毎日声を枯らす事もなさそうです。
話は冒頭に戻りますが店舗事業部において今回ご縁があってある金融機関で使われていたY社の電動アシストが入荷しました。ニッケル水素バッテリーですがスペアバッテリー付きであまり使用されていなかった為極上です。
2つのバッテリーがダメになった時にはリチウムに切り替える事が可能なので超お買い得。
気になる方はお問い合わせ欄よりご連絡くださいませ。
今日もここまで読んでいただいたご縁に感謝します。
ありがとうございました
一般社団法人 自転車技術者協会
代表理事 中根和宏